私たちの交響曲「交響曲第四番」

20171003062128.jpgあなたの音楽があまりにもすばらしいので、私は完全なる至福の境地へ運ばれていきます。
地上のものすべての上をふわふわ飛んでいる気がして、頭はくらくらし、心臓は激しく高鳴り、耳はそうした音楽の魔法に浸りきっています。・・・おお、このような幸福の瞬間を作りだせるとは、なんという偉大は方なのでしょう・・・。

ナデジダ・フォン・メック

チャイコフスキーのパトロンと知られているフォン・メック夫人。鉄道王カール・フォン・メックと結婚し、11人の子供に恵まれますが、1876年、45歳の時に夫を亡くし、多額の遺産を相続することになります。チャイコフスキーとの交流が始まったのは同年の年末、チャイコフスキー36歳の時でした。大の音楽好きだったフォン・メック夫人は、借金を抱えていたチャイコフスキーが創作活動に没頭出来るように、年間6000ルーブルの資金援助を始めます。これは14年続き、その間チャイコフスキーと1200通もの手紙のやり取りをしましたが、二人は直接会うことはありませんでした。「交響曲第四番」は、フォン・メック夫人のために捧げた曲で、2人の間では「私たちの交響曲」と呼んでいたようです。

当店では、チャイコフスキー「交響曲第四番 ヘ短調 作品36」のポケットスコアも置いてますよ。

また、フォン・メック夫人は、1880年の夏に、少年ドビュッシーと知り合い、娘のピアノ教師として長期旅行に同伴させました。旅先であった出来事もチャイコフスキーへの手紙に書いていたようです。

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