楽壇の帝王 ヘルベルト・フォン・カラヤン

20171120051129.jpgカラヤンは、20世紀に活躍したオーストリア出身の指揮者です。クラシック音楽ファンでなくとも、名前だけは知っているという方も多いと思います。カラヤンは、1955年より1989年までベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の終身指揮者・芸術監督を務めました。また、一時期ですが同時にウィーン国立歌劇場の総監督やザルツブルク音楽祭の芸術監督なども務め、クラシック音楽界の主要ポストを独占していました。このことからも、カラヤンがクラシック音楽に及ぼした影響は計り知れません。

そのカラヤン、実はピアニストになりたかったようです。「カラヤン 栄光の裏側に」によると、『カラヤンは、ピアニストになりたいと考えた。しかし、まもなく彼は、自分の本当の課題は毎日八時間ピアノを練習することではなく、また自分は大ピアニストとして経歴を重ねるための才能を持っていないという自己批判的な見解を持つに至った。』とあります。そして、彼がピアニストとしての自身の野心と可能性を測る基準としたのは、先日紹介した「ウラジミール・ホロヴィッツ」だったようです。

また、分岐点に立ったカラヤンに助言をしたのは、指揮者のパウムガルトナーでした。カラヤンは、人生の決定づけに助言をくれたパウムガルトナーに感謝を述べています。
「当初考えていたコンサート・ピアニストの道から指揮者へと方向転換した折も、先生の指導をいただきました。聴くということについて特別な能力があるのだから、指揮者としてのみ本当の満足を見出すことができるだろうと言ってくださった。あの時の意義深い会話を思い出します。」
若手指揮者の育成に積極的だったと言われるカラヤンですが、自身がこのような体験をしたからだったのかもしれません。

当店では、カラヤンについて書かれた本を取り扱っています。
「奇跡の人ーカラヤンー」「カラヤンの世界」「フルトヴェングラーかカラヤンか」

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